Discussion

芸術家はなぜ作品をつくることができるのか?

浅間山に挑む (水野暁)

田島: それでは、お待たせいたしました。水野暁さん。

水野: みなさんこんばんは。

田島: 水野さんは多摩美術大学を卒業されて、そのあとリアリズム絵画を志してスペインに三回渡っています。自分で行ったのもあるし、最近一年間に行かれたのは文化庁の派遣で一年間滞在しています。展覧会歴も受賞歴も多数あるんですけど・・・

水野: ざっくりと。僕、隣町に、川の向こうに住んでいます。水野といいます。絵をかいています。よろしくお願いします。今回田島さんからこの話をいただいたときに何かとんでもないところからボールが来たなと正直思ったんですね。僕はあんまり難しいこと話せないし、どうしようかなと思って、しばらく何日か寝かせてたんですね、(このディスカッションイベントに出るかどうかの)答えを。不安だったんで田島さんと(事前に)しゃべりたい・・・などの、メールを2,3日やりとりして・・・。

地元で中之条ビエンナーレに出すのが2009年と11年、2回出してて、で6年ぶりに今回出してるんですけど、こういうトークとか一切出たことなくてですね。そういう意味でもなんかハードルが高くて尻込みしてたんですけど。せっかくの機会なのでお話をしてみようと思いました。

1974年生れで、(私たちは)10歳ずつ違うみたいですね。高島さんが・・・

高島: 僕は53年

田島: 私は63年生れです。

水野: 浅間山の絵を三つくらい紹介しようと思うんですけど、浅間山というのは僕にとっても身近な山で、小学校のときとか赤城団とか妙義団とか榛名団、浅間団と、四つあったんですね*。

(* 群馬県内の小学校では、運動会の組分けを県内の主な山の名を冠して「赤城団」「妙義団」「榛名団」「浅間団」などとする例が多数ある。)

 そういうところから結構、この近隣の山とかが僕にとってすごく身近だったし、自然の中で育った人間です。この山をかこうと思ったきっかけっていうのが四歳のときに水彩で板に描いてたんですね。

​「浅間山」 (水野暁 四歳の水彩画)

 自分の中ではそんなに記憶にないんですけど、江戸時代、天明三年の時に大噴火があって、それをテレビのドキュメンタリー番組でやってて、それを見て凄くショキングだったような気がするんですね。それでこういう(自分で描いた)絵が残っていたんですね。

The Volcano - 大地と距離について/浅間山 -

  で、この絵を描き始めたのが39歳で、今43なんですけど。四年前くらいなんですけど。四歳の時に描いた絵に40になる自分がもう一回挑戦してみてはどうだろうかという思いが最初のスタートだったのかな、という気はします。

 嬬恋村のレストラン(矢印が水野の制作場所。絵がみえる)

 これは妻恋村の、キャベツで有名な村ですけど、有料道路が走っていて、浅間の鬼押し出し園というジオパークがあるんですが、そこの近くの使ってないレストランをお借りして、あのテラスみたいなところにちょっとちっちゃい・・・見えますかね。あそこで描いてたんです。一番左端。

水野暁 制作風景

こういう感じ。呑気に描いているようにみえるんですけど真面目に描いてたんです。

 一日目はこんな具合で、下書きは、昔はしてたんですけど、あまり下書きしないようになってきた。何でかっていうと、下書きをするとそれに収めようとしてしまって、うまく描こうとしちゃうんですね。そうすると、何ていうかな・・・、飾ったときに見栄えは良いかもしれないし、早く完成するかもしれないんですけど、何かそのことと自分が見てる山の大きさとかスケールとか、感じている感覚とずれてるな、と感じてきて、なるべくまっさらな状態で、あまり準備しないで取り組んだほうがいいかなと感じがして来ていますね。

二日目、二日で結構早いんですけど。

で、雪が降ったら雪を描いて

 気に入らなかったらぶち壊したりして、描いてると・・・なんていうか、山が大きすぎて自分の絵が嘘っぽく感じてきたりする、薄っぺらく感じてきて。じゃ一回壊してみようということで一回フラットにしてまたそこから描き進めていくとかっていうなんか自分なりにどうしたらいいのかな、と悩みながらやっている。

また、雪が載ったら雪を描いて

下のほうに緑があったり枯れ木が出てきたりとか、少し混ざっている状態ですね。

結局三年くらい掛かって描きました。

 これを描いている途中、噴火ってどんな感じだったのか調べていったら結構頻繁に爆発しているんですね。小さい時、灰が降ったような記憶があるんですけど。この赤く記しがついてる1783年が結構大きな噴火で災害が大きかったらしいんですけど、トータルで1500人くらい亡くなったという話なんですが

(書籍の画像:浅間山噴火の様子を示す地図。火山灰が降った地域、泥流被害があった地域を示す)

こういう感じで、これが浅間山で、この噴火の灰がこの黄色いところに降ったという図で、これは川に沿って泥流が押し寄せたという・・・川は良く見るとすごく細く(描いて)あるんですけどかなり幅広く氾濫したようなんですね。

(書籍の画像:噴火と泥流被害を描いた当時の絵図。火を噴く浅間山と泥流が流れている様子が描かれている)

当時の絵図も残っていて、そうとう大きい噴火だったんだろうなとことをイメージして・・・

(書籍の画像:別の当時の絵図。 火を噴く浅間山が大きく描かれている)

何ていうか、こういうことを知らなかったので、知っていくとまた浅間の目の前に立った時の見え方も変わって来たりしたかなと思うんですよね。このように溶岩が混ざったものが川に流れていったようなんですが。

押し流されてきた溶岩

 僕の車がこのくらいで、溶岩は結構大きいんですよね。これが押し流されてきたと想像すると相当な勢いだったんだろうなと想像できると思うんですけど。

 そんなのを調べて、溶岩を拾ってきてそれを粉に砕いて、我妻川の川の水と、途中で利根川に合流するんで利根川の水を汲んできてそれを混ぜて、この上に乗っかってドローイングをやった作品ですね。三メートルくらい。結構大きいんですけど。

 ネットでグーグルとかで現在の地図を調べてそれを銀で描いていったんですね。すごく繊細に描いていって、その上から思いっきり溶岩で壊していくっていう作品を作っていました。

泥流で・・・(亡くなった人を)供養するための地蔵さんとか、結構その辺にいっぱいあって

この木の上に登って助かったという木が今でも残っています。

 こういう場所を巡りながら、それぞれスケッチというかドローイングみたいなものを作っていったんですね。

 これは岩の上に落ちそうな岩が乗っかっていたという状態なんですね。そこの中之条の中央食堂ってご存知ですか。そこの下に線路があって線路の向こう側に結構おっきい石があるんです。

 展示会場風景

 ただ絵を描いてるだけだったんだけど結構調べてみると知らないことがあるんだなと思って、そんな体験をしながら作っていました。

群馬県立近代美術館 屋上風景 

三角構造物と浅間山が見える

水野暁スケッチ

高島: 今の・・・それなんですか?

水野: これはですね、群馬の近代美術館というところで展示したんですけど、この美術館の屋上に登らせてほしいとお願いして、屋上に三角の窓が、窓というか人工物があったんですね。

むこうに浅間山が見えて、なんかその実感とか、ずっと昔から浅間ってあったわけじゃないですか。

田島: 建築家が意図して作ったんでしょうか?

水野: いや、どうなんでしょうかね? *

​(*群馬県立近代美術館は磯崎新の設計である〈群馬県立近代美術館ホームページ http://mmag.pref.gunma.jp/outline/about.htm 〉。この三角形のガラス屋根状の構造物は、おそらく自然光を取り入れるためのものである。同様のものは同じく磯崎の設計による水戸芸術館にもみられる。しかし群馬県立美術館において、磯崎がこの三角の構造物を浅間山と対比して意図していたかは不明である。)

田島: この時(三角形の構造物と浅間山と)つながったんですね。

水野: そうなんですよ。僕の中であの三角があるっていう・・・感じに見えて、それで鉛筆でデッサンで描こうと思ったんですね。向こうに遠くに浅間が見えて、タイトルは「見つめられている、あるいは見張られている」というややこしい長いタイトルがつけられているんですけど、僕にとって優しい山に見えたり、すごくおっかない山に見えたり、何ていうんですかね、それがどっちともとれるような山のような気がして、見張られているような気もするし、見つめてくれているような気もするし、という感じでタイトルつけたんですけど。

 高島: 実は一週間くらい前に、三人で簡単な打ち合わせをしたんですよ。実はあの、私も水野さんから「高島さん浅間山をモチーフした展示どっかでやってない?」と言われたんですよ。

水野: 僕が花楽の里にダンボールの作品を見に行った時に、高島さんらしき人が話されているのを聴いて・・・

高島: その時思ったんですよ。そのあと家に帰って嬬恋の・・・。いいですか?ここでその話をして・・・。パルコール嬬恋っていうホテルがあったと思うんですけど。これは高崎からみた浅間なんですが、あそこ(パルコール嬬恋)からちょうど裏側から見た浅間が見えるんです。

距離について

高島芳幸作品

嬬恋高原芸術展1999「パルコール嬬恋から浅間山までの距離を確認する」

高島: これは僕の作品なんですけど、(制作年は)1999年。たぶん初めて皆さんに見せることになるんですけれども。嬬恋高原芸術展ですね。僕が今まで作った作品の中で一番大きいものです。むこうに見えるのが浅間山なんですが、点々と石を置いていって、あの浅間のてっぺんまで石を持っていく作品・・・要するに浅間と自分との距離を確認する作品なんです。あの駐車場の 5万分の一の地図をポイントの・・・当時ね、上の方には登れなかった。結局火口までいけなくて手前のところまで石を置いていったんです。

水野: 実際どのへんまでいったんですか?

高島: 民家があるところまでです。実際の距離なんです。知覚的な距離じゃなくて、自分で車であっちいったりこっちいったりしながら、地図をたよりに石を(置いていった)。写真で確認をしてそれでもう一度そこに石を置いて、二重に確認していた。

これは、コンクリートの板にジェッソを塗って、そこにアミペンで起こした写真を転写して。