あとがき

私の父の実家は埼玉県の北部、群馬県にほど近い場所にある農家で、養蚕も営んでいた。
幼い頃、父は私をしばしば実家につれていき、二階の養蚕室を見せてくれた。

蚕に触れ、何千匹もの蚕が一斉に桑の葉を食べる雨のような音を聞いた。
今でも私は雨が降る音が好きなのだが、蚕が桑の葉を食べる雨のような音が耳についているのかも知れない。
 
程なくしてその家は養蚕をやめ、周囲の桑畑も今ではすっかり無くなってしまった。
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
 
今回養蚕について調べていくうちに、これは他の産業とはまったく違った業種だということがわかった。
蚕が優先で人間は蚕に尽くす。効率化できない。現代の他のどのような業種とも合わない。特異な産業である。
 
私はこれを効率化に失敗した産業ではなく、文明におけるもう一つの形態と思った。
本来は我々の文明すべてが内部的であるにもかかわらず、近代はコストがかかることは外部化(見えないところに排除するか、先延ばしにする)していったのである。


世の中は、まだまだ見えていないところが多く、私たちには今生きているこの世界の一部しか見えていない。


巳巳

あとがき