再生医療
ー現代の「養蚕業」ー
養蚕業が内包していた問題が、現代的な様相をもって再び立ちはだかっている。
それは、再生医療の分野である。
再生医療は巨大な市場をもたらす夢のプロジェクトと期待されている一方で、なかなか実現しない。そこには、養蚕業がかかえていたのと同じような問題がある。
養蚕に関しては、田島弥平や、高山長五郎らがその方法を研究し、普及に努めたが、実際に手を動かすのは農家の女性たちであった。
再生医療の分野においては、iPS細胞の発見者でありノーベル医学生理学賞の受賞者の山中伸弥教授や、眼の再生を目指して起業した高橋政代氏らが開発手法を考えるのだが、実際に手を動かすのは細胞培養士と呼ばれる特殊技能士たちである。
それは熟練を要する仕事である。
特にiPS細胞は取り扱いが難しく、少しの刺激でも性質が変化しやすい。ひどい場合はがん細胞になってしまうこともある。
再生医療は、患者のから細胞を採取し、初期化して、iPS細胞にして、心臓その他の臓器に分化させて元の患者の身体に戻すのだが、そのときがん細胞を移植してしまっては元も子もない。
品質の対しては非常に高い水準を求められる。
細胞培養士たちは、細心の注意をはらってピペットと呼ばれる液体分注器を取り扱い、顕微鏡をのぞきながら、細胞の健康状態を読み取ろうとする。「ハッピーだ」とか「元気がない」とかつぶやきながら。そして培養の時間や、細胞に投与する液の投入などを個人の工夫で変えていく。
このような経験に基づく仕事なので、再生医療は細胞培養士による家内制手工業のような状況を脱せず、コストがかかり過ぎることが大きな問題となっている。
AIやロボットの投入、新しい試薬の開発などによってこの問題をなんとかクリアしようとしているが、手間を惜しまず蚕のために尽くさなければならない養蚕業と、現在の再生医療は構造的には良く似ている。