論考

東京都美術館ギャラリーAの一人用の展望バルコニーは、近代建築に「人間」を取り戻すための実験的試みである

巳巳

2020/6/10

 

 この論考は、東京都美術館のギャラリーAにある、一人用の展望バルコニー(ここでは「展望台」と呼ぶ)に関するものである。

 東京都美術館は日本近代建築の父・前川國男による設計であり、「展望台」は前川國男の近代建築に対する問題意識の核心が現れているということがその主旨である。

 前川國男の建築の中に入ると、どこに居ても落ち着く。訪れる人にとって居心地が良い。入口から内部までの導線設計(ムーブマン)、歩いても座っても佇んでも良いという憩いの空間つくり(エスプラナード)など、合理的であるが、無機質ではなく常に人間の身の丈にあった空間を作っている。

 

 さらに、大空間とそれをめぐる視線のタイナミックな動きに大きな特徴がある。

 

 そのうちの一つとして「大空間を見下ろす視線」がある。これは前川國男の建築において枚挙にいとまがないほど数多く現れる。

 

 東京都美術館においても大空間のギャラリーAを取り囲むように三面にわたってベランダ状の構造(現在ギャラリーCとして利用されている)がある。さらに残ったもう一面にも、ガラス越しにギャラリーAを見下ろす大きな窓がある。

 さて、ここで一つの謎がある。

 ギャラリーAの大きな壁面に、四角い構造物が突き出ている。(Fig.1)

 これはギャラリーAの大空間を見下ろすことのできる一人用のバルコニーである。

 ここに通じる階段は2012年の大改修で利用できなくなってしまい、今は残念ながらここに立つことはできない。

 この一人用バルコニーには正式名称はないそうである。この論考では仮にこれを「展望台」と呼ぶことにする。

 もちろんこの「展望台」も「大空間を見下ろす視線」をつくっているものの一つである。

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Fig.1

ギャラリーAの大空間を見下ろす「展望台」

 しかしここで疑問が生じる。

 すでにギャラリーAの大空間の周囲を取り囲むように見下ろすための構造が十分にあるにもかかわらず、なぜさらにもう一つ作る必要があるのだろうか?

 私はこの「展望台」に、強い存在感と同時に違和感を感じた。前川國男の建築は、どこに居ても落ち着くし居心地が良い。しかし、この「展望台」だけは何かそれらに似つかわしくない、不穏な感じがある。

 

 前川國男はどのような意図をもってこの「展望台」をつくったのか?

 

 東京都美術館に問い合わせたところ、前川國男の「人間的スケールを超えた壁面はよろしくない」という意向によりこの「展望台」を取り付けることによって、壁面のスケールダウンを図ったとのことである。2012年の大改修の際、ここに至る階段は建築法規上の理由から利用できなくなったが、上記の理由で「展望台」そのものを取り払うことはしなかった。

 

 しかし単に壁面のスケールダウンを図るなら開口部(窓)のようなものでも良かったはずであり、そのほうが自然である。

 

 このようなバルコニー状のものを作らざるを得ない、やむにやまれぬ事情があったのではないだろうか?

 私は前川國男の建築の中に、この「展望台」に類似した構造を探し求めた。しかし人が視線をつくるような場所は、どれも窓(開口部)となっており、探した限り壁から張り出したような構造は他のどこにも見当たらなかった。

 

 しかし前川國男自邸におけるサロンと呼ばれる大空間の写真を見ていたところ、中二階にある飾り棚に目が留まった。そこに皿などの展示物が置いてある。高いところに展示し、下から見上げるような位置にある。(Fig.2)

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Fig2  前川國男自邸 (江戸東京たてもの園)サロンと呼ばれる大空間において中二階に飾り棚があり下から見上げる形で展示物が置かれている

 前川國男はこのような見上げる視線の作り方にも興味を持っていたことがうかがえる。

 

 「展望台」はそこに立つ鑑賞者によって視線が発生する場であると同時に、そこに立つ鑑賞者自身が展示物であるかのように下から見られる対象となる、という視線の動きを取り入れていたのではないだろうか?

 「展望台」は、自邸の中二階の飾り棚のように、そこに立つ人が下から見られる対象となるような仕掛けではないだろうか。ギャラリーに居る人たちが「展望台」に立っている人を下から鑑賞することになる。(Fig.3)

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Fig.3 「展望台」に立つ人は見られる対象となる

 開口(窓)にしなかったのはなぜか?そしてなぜ一人分のスペースしかないのか?

 それは、そこに立つ人を見られる対象とすることを強調するためであろう。開口(窓)ではそこに立つ人は壁の向こうに引っ込んでしまう。また複数人が立てる横長のものにしたら、周囲をとりかこむバルコニーと区別がつかなくなる。

 

 そしてギャラリーAは、もともと彫塑の展示室である。それを考え合わせるとさらに或ることに思い当たる。

 彫塑はその多くが人体である。「展望台」に立っている人はあたかも「生きた彫塑」のように見立てることができるというわけである。つまり「展望台」は「生きた彫塑」を展示する展示台でもあるのだ。

 

 以上のように「展望台」には2つの機能がある。

一つは「大空間を見下ろす視線」をつくる機能、そしてもう一つは「展望台」に立つ鑑賞者自身を見られる対象に変え「生きた彫塑」にする機能、である。

 「展望台」における視線の機能はわかったが、それではなぜ、前川國男はそのようなことをしなければならなかったのだろうか?

 「展望台」に立つと、否応なくギャラリーにいる観客から見られることとなる。

 自分が展示物のようになることを好む人はそれほど多くなかったのではないだろうか。前川國男の建築はどこにいても居心地が良い。しかしこの「展望台」に限っては「見られる」という居心地の悪さを作ってしまったように思う。美術館を訪れる人は「見る快楽」を満たすために来るのであって、見られようと思って来ているわけではない。

 

 では一体、何の問題意識のもとにこの「展望台」は作られたのであろうか?

 

 それには前川國男の近代建築に関する問題意識にまで遡らなければならない。それは建築にとどまらず近代そのものに対する問題意識である。前川國男は「文明と建築」という文章に以下のように書いている。

 

近代建築は人間の建築としての「初心」を思い出さねばならない。科学といい、工業といい、人間の頭脳で考えられたものであるのに、それによってつくられる近代建築や近代都市が、何故に非人間的なのであるか。近代建築の「初心」を曇らし、使命感を歪めるものは、つまりは人間の行動を規制する倫理であろうし、その背後にひそむ近代的な価値判断の体系であるはずである。その同じ倫理と価値の基準が、近代文明をうごかして人間の尊厳を抹殺し、「人権宣言」を空文としているのではないだろうか。ここで問題は、その同じ倫理と価値の基準が、じつは近代文明を今日まで押し進めた原動力ではなかったかという点である。もしそうだとしたら、悲劇の終結は、それほど簡単ではないはずである。

(「文明と建築」 前川國男  建築年鑑1964年版(美術出版社)/一建築家の信條(晶文社)P28)

 前川國男の関心は、あくまで「人間」である。近代建築が人間的感性や人間の現実とは関係のない、官僚機構によって作られる予算や、構造工学がとる単純化や抽象化によって、人間的現実から遠ざかるということを危惧していた。

 

 しかし彼はその問題の解決が極めて難しいことも自覚していた。その近代の倫理と価値の基準が、まぎれもなく近代を推し進めて来たからである。彼が嫌悪しているまさにその近代の原理が、彼を近代建築家たらしめているのだ。

 

 彼は近代建築を人間的なものにするためにあらゆる努力をしてきた。即物的で均一なものを使わず、細部にこだわり、人間の動きや佇まいに配慮し、居心地の良い場所をつくることに注力してきた。

 しかしこの問題は、それらの努力によって到底解決できるものではない。近代建築の第一人者であるが、建築家としての自己否定につながりかねない課題なのである。

 

 悩む姿が浮かんでくる。

 近代建築の第一人者でありながら、近代を信じられない。近代建築の、いや近代そのものの、価値判断の体系に疑問を持たざるをえない。近代への不信というより嫌悪と言っても良いであろう。

 何という深い悩みであろうか。         

ヨーロッパ近代合理主義に基づいて近代建築を牽引してきた前川さんが最晩年の頃、「生きていく上では芸術は必要だ」と言われた時に、「建築にとって芸術とはなんですか」と尋ねたことがある。   

 

「建築にとって芸術とは、演出だよ。窓まわりにある」

(「前川さん、すべて自邸でやってたんですね 前川國男のアイデンティティー」 中田準一著 (彰国社)p48)

 

 ここで前川國男のいう「芸術」とか「演出」とかいう言葉は、字義通りの意味の他に、抜き差しならぬ近代の限界を感じたうえに、それをなんとか乗り越えようとする意思が背景にあったと思う。

 前川國男は人間を取り戻すことの手がかりとして人間の視点や視線、つまり窓周りに注目していたらしい。

 

 そこで彼は、彫塑になぞらえて、人間自身が何か特別な視点を持ちうる可能性を考え、「展望台」という奇策に打って出たのではないだろうか? 近代的な価値基準への挑戦の一つである。

 近代建築に「人間」を取り戻すための実験だったのである。

 人間そのものに着目し、人間自身の視線を人間自身に折り返すことによって、生身の人間をさらけ出すことによって、人間の実存を視線の海の中に差し出すことによって、突破口が開けるかもしれないと微かに期待したのではないだろうか。

 

 それが成功したのかどうかは、あえて問うまい。

 

 私は、そのように悩み、試行錯誤する前川國男の姿に、建築家としての、いや人間としての誠実さ、思考の確かさを感じる。

 その後の前川國男は、新しい方法を試行し始める。

 

 晩年、前川さんは大きな建物を手掛けるようになり、建築の規模が大きくなるにつれて人間的スケールから離れていく傾向にあるのを気にしていた。それを解決する方法として、人間的なスケールに合った単位空間を見つけ、その空間を繋げていくことで、大規模な建築でも人間的なスケールに落とし込めるのではないかと考えて取り組んでいた。

 しかし、そうした自作を前川さんは「チャイルディッシュ(未完成)」と評し、その解答を見ずにこの世を去った。

 

 (「前川さん、すべて自邸でやってたんですね  前川國男のアイデンティティー」 中田準一著  P177)

 

 近代建築に「人間」を取り戻す試みは未完のまま終わった。

 彼は人間の為の建築をあくまで求め、近代の矛盾と戦った。その苦闘の跡として「展望台」があるのではないだろうか。

 

 だからこそ、前川國男の目指したものの困難さ、負った課題の途方も無い大きさを思うのである。

​了

参考文献

 

書名  / 著者 /  出版社

 

東京都美術館ものがたり/ 東京都美術館:編/鹿島出版会

前川國男 賊軍の将/  宮内嘉久/  晶文社

建築の前夜 前川國男論/  松隈洋/  みすず書房

記憶と再生 東京都美術館80周年記念誌/  東京都美術館/編 / 東京都美術館

前川さん、すべて自邸でやってたんですね  前川國男のアイデンティティー /  中田準一 /  彰国社

前川國男現代との対話/  松隈洋/編 /  六耀社

一建築家の信条 /  前川国男:著  宮内嘉久:編 /  晶文社

建築家前川國男の仕事  /  生誕100年・前川國男建築展実行委員会:監修  / 美術出版社

 

Fig2は、江戸東京たてもの園のホームページから許可を得て掲載